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太鼓眼鏡の似非教育学的考察

太鼓眼鏡のブログです。不定期更新ですが、よろしくお願いします。

齢21歳の眼鏡が語るキャパの話

先日過労で自殺した新入社員のニュースがありました。あんまり詳しくは知らないのだけど、悲しいニュースですね。 たまたまですが自分が考えていたことに近く、まとめておくいい機会だと思ったので、久しぶりにブログを更新します。 たかだか20年ちょいしか生きていない大学生が考えたキャパの話です。

24時間をどう割り振るか

まずは時間的なキャパについて。 そもそも一日というのは24時間しかないわけですが、このうち何に何%を割くかというのが問題になります。 学生なら、睡眠時間が6時間くらいに、食事とか諸々を3時間。残りの15時間を、勉強とサークルとバイトで三分の一ずつで各5時間とか。 まあこんな感じで分けることで、一つに偏ったりもしないし、そもそも食事の時間や睡眠時間を勘定にいれておくことで、休息の時間もしっかりとることができます。 1日での換算が難しければ、まあ大体このくらいの割合で1週間が過ごせればいいや、と長いスパンで割り振りを考えていけばいいんです。 こういう計算は割りとみんなしているのかなと勝手に思っています。

時間と体力、及び精神力は根本的に異なる

一方で、時間的なキャパと精神的もしくは体力的なキャパは全然別の話だと思うんです。この辺を勘違いしている人が多い気がしています。

僕は大学1〜2年生のときに、めちゃくちゃバイトをいれていて、 「部活→塾講師→コンビニで夜勤→仮眠→授業→仮眠→塾講師・・・」みたいな生活をしていました。 日によっては朝にコンビニ勤務が入ったり、塾講師も2つしていたので、2つの塾を行ったり来たり、、 ただ時間の配分だけはきちんとしていたから、部活もバイトも勉強もある程度こなせていました。

でもある時バイトの合間にカフェで勉強していたら、そこから動けなくなった。 倒れたとかそういうことじゃなく、単純に立ち上がれなくなった。バイトに向かえなかった。 2時間くらい何もせずにそこで何とか持ちこたえて、ふらふらになりながら帰宅して、馬鹿みたいに眠りました。 起きてからも数日は何のやる気もせず、ただ宙を見るばかり。 特に倒れたりはしなかったのだけど、身体とか精神とかが悲鳴をあげた瞬間だったのだろうと今になって思います。

ここで重要なのが、僕はその直前まで結構充実した日々を送ってると思ってたことなんですよね。 そりゃふとしたときに疲れたなあとかは思ってたけど、あくまで眠気とかの話だった。 でも実際は精神的に摩耗していて、結果何もできない日々が続くことになりました。

このときの経験から、人間って限界があるんだなと思うようになりました。 それで、その100ある精神力をどう使うかがめっちゃ重要な問題だと思います。 しかもその100は丸々100使ってしまうと、気づかないうちに摩耗していたり、何か急な案件に対応できなくなったり、精神的な余裕がなくなることにもつながっていく、ということ。これが僕がこの20年ちょいの人生で学んだことです。

理想としては、65~75くらいのキャパを使いながら、忙しいときは90くらいまで回転させて、残りは何かあったときのためにとっておく、というのがいいなと。 そのためなら何かを切り捨てたり、人にお願いをしたりすることって重要だと思います。 休んで遊びにいくのは悪くない。誰かに任せるのも悪いことじゃない。 何も自分がいないと世界が回らないわけじゃないんです。 自分を摩耗させてまで、頑張るくらいなら、少しくらい迷惑かけてもいいから70くらいの力で継続して頑張るほうがいいと僕は思います。

ここのところ90超えの日々が続いているので、自戒も込めて。 どうしても人間空白は埋めたくなりますからね。でもその空白がいざというときに重要なんだろうな、と思うわけです。

では、おやすみなさい。